宝物①-時間と自分にとっての価値

日常

人それぞれ大切にしている宝物…思い出、信念、モノ様々あると思います。
今回は私自身の宝物:三種の神器を紹介したいと思いますが、その背景にある思いとしては
皆様にとっての大切なモノ、宝物を再発見してほしい、見つめ直すきっかけをもってほしい
この願いをもって紹介させて頂きます。

愛用のコーヒーミルとカップがある
思い出の詰まったコーヒーミルと愛用のカップ

まずはコーヒーミルとカップです。どちらも約6年間ほぼ毎日、毎週使っている相棒ともいえる存在です
カップからも見て取れますが、私はDMMの”艦これ”ユーザーでした(今は休止しています…)
また別の記事で関連する思い出、体験を紹介したいと思います。

亡き祖父が愛用していた帽子が写っている
亡き祖父が愛用していた遺品、傍から見ると単なるボロ帽子だが…

次に自分にとっては絶対に欠かすことができない宝物:亡き祖父が愛用していた帽子です。
祖父には中学生までたくさんお世話、可愛がられまして、暖かい思い出がたくさん詰まっています。
中学生から今までの約20年間、ずっと手元から離さなかった、私にとってのは一番の宝物です。

コーヒーミル、カップ、そして帽子どれをとっても皆様:私以外の他者にとっては何の意味、価値を持たない無一物であると思います。それで間違いないありません。多くの時間が経つ中で使い込まれ、劣化していき、新品:きれいな状態であったのは遥か昔…当然です。一方で私1人だけの視点に立てば、三種の神器とも表現した宝物…価値が反比例しています。

自分にとっての宝物とは”多くの時間を共有し、姿形がボロボロになりながらもたくさんの思い出が
詰まった対象”が多く当てはまるのではないでしょうか。勿論自分だけではなく、他者も価値を認める
対象も宝物となり得ますが、自分自身と過ごした時間や得られた思い出は他者の価値基準を凌駕する
唯一無二、絶対的な基準であると考えます。

忙しい毎日の繰り返しで、本来はすぐ近くにある自分にとっての宝物を見失うことはよくあると思います。だからこそ1人でも多くの方に、それぞれの宝物を再発見してほしい、見つめ直してほしいと強く思います。遥か彼方ではなく、手が届く範囲にある宝物…数多くあると信じます。それでは…

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